冷血漢だが合理的で理性的独裁者と見做されていたプーチンはどうして、自分本位の一方的な妄想に固執するようになったのか。

著名なロシアの独立系ジャーナリストでプーチンとその側近に関するノンフィクション"All the Kremlin's Men: Inside the Court of Vladimir Putin" (たまたま数年前に読んだのですが、必読。私と同じようにロシアに関する素人だと、詳細な事実に圧倒されますが)を記したミハイル・ズィガー(あるロシア文学研究者はツイッターでミハイル・ズィガリと記していたのこちらの方が正しいかもしれない 

https://twitter.com/yuvmsk/status/1502880029440557059 )がNew York Timesで記したOpinionが非常に面白かったので、それをここに訳出した。
ツイッター朝日新聞の国末憲人氏が抄訳を紹介していたのだが、ここに戯れに全訳を公開します(翻訳許可をとっていないので海賊,,,エッヘン)。
いずれにしても、この通りだとすると今後の見通しがまったくたたず、第三次世界大戦か、ほとんど望み薄いロシア国内のクーデターでしかプーチンを止められない。
 

プーチンはいかにして現在への関心を失ったのか?

2022年3月10日

ミハイル・ズィガー著

ズィガー氏はロシアのジャーナリストで、"All the Kremlin's Men: Inside the Court of Vladimir Putin "の著者である。

 

ウラジーミル・プーチンウクライナへの侵攻を決めたおかげで、ロシアはかつてないほど孤立してしまった。経済は制裁下にあり、国際的な企業は撤退している。報道機関はさらに制限され、残っているのはパラノイアナショナリズム、虚偽の報道である。国民は、国境を越えた他者とのコミュニケーションをますます失っていくだろう。そして、このような中で、ロシアはますます大統領に似てくるのではないかと、私は危惧している。

 

私は長年にわたり、ハイレベルなビジネスマンやクレムリンのインサイダーに話を聞いてきた。2016年、私はプーチン氏の側近に関する本"All the Kremlin's Men: Inside the Court of Vladimir Putin "を出版した。それ以来、続編の可能性を考えて取材を続けている。元KGBの将校であるプーチン氏は常に秘密主義で陰謀論者であり、大統領の周りで起こっていることは不透明であるが、匿名を条件に私に話す私の情報源は常に正しいものであった。この2年間、大統領の行動について私が聞いたことは、憂慮すべきことだ。彼の隠遁生活と近づきにくさ、ロシアのウクライナ支配を回復させなければならないという深い信念、イデオローグとおべっか使いで自分自身を取り囲むという決断はすべて、ヨーロッパを第二次世界大戦以来最も危険な瞬間に導くのに役立っているのだ。

 

プーチン氏は2020年の春から夏にかけて、モスクワとサンクトペテルブルクのほぼ中間にあるバルダイの邸宅で隔離生活を続けてきた。政権関係者によると、そこにはユーリ・コヴァルチュク氏が同行していたという。コヴァルチュク氏はロシヤ銀行の筆頭株主で、国営メディア数社を支配しており、1990年代からプーチン氏の親友であり、信頼できるアドバイザーでもある。しかし、私の情報筋によれば、2020年までには、彼は事実上のロシアのセカンドマン、大統領側近の中で最も影響力のある人物としての地位を確立していた。

 

コバルチュク氏は物理学の博士号を持ち、ノーベル賞受賞者のジョレス・アルフェロフ氏が率いる研究所に在籍していたこともある。しかし、彼は単なる科学者ではない。正統派キリスト教神秘主義、反米陰謀論、快楽主義を組み合わせた世界観を信奉するイデオローグでもある。これは、プーチン氏の世界観でもあるようだ。2020年の夏以降、プーチン氏とコバルチュク氏は、ほとんど切っても切れない関係にあり、二人でロシアの偉大さを回復するための計画を立てている。

 

この2年間、プーチン大統領と側近との会話を知る関係者によると、大統領は完全に現在への関心を失っているという。経済、社会問題、コロナウイルスの大流行、これらすべてを彼は煩わしいと思っている。その代わりに、大統領とコバルチュク氏は過去にこだわっている。フランスのある外交官は、先月の会談でプーチン大統領から長い歴史の講義を受けたとき、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は驚いていた、と言った。しかし、マクロンは驚くべきではなかった。

 

プーチン氏の頭の中では、これまでの屈辱からようやく立ち直れるという、特異な歴史的状況にあるようだ。プーチン氏とコバルチュク氏が初めて会った1990年代は、ソ連崩壊後で二人とも足元がおぼつかない時期であり、国もまた同様であった。西側諸国はロシアの弱みにつけこんで、NATOをできるだけ国境に近づかせたと彼らは考えている。プーチン氏の考えでは、今日の状況は逆である。弱っているのは西側だ。プーチン氏がまともに相手にしていた西側の指導者は、ドイツの前首相アンゲラ・メルケル氏だけだった。今、彼女はいなくなり、ロシアは1990年代の屈辱を晴らす時が来たのだ。

 

今、異なった意見を言ってくれる人が周りにいないようだ。プーチン氏を知る人によると、プーチン氏はもう仲間と酒を飲んだりバーベキューをしたりすることはないそうだ。近年、特にパンデミックが始まってから、彼はアドバイザーや友人との連絡をほとんど絶っている。かつては、まるで皇帝のように臣下の論争に乗じて、臣下が互いに糾弾するのを聞き、互いに対立させるのを楽しんでいたように見えたが、今では、かつての側近のほとんどからさえ、孤立し、距離を置いている。

 

警備員は厳格な規則を課している。かつて大統領の個人秘書を務め、現在は国営石油会社ロスネフチのトップであるセチン氏でさえ、1週間の検疫を受けなければ大統領に会うことはできないのだ。セチン氏は月に2、3週間、大統領と会うために隔離されるという。

 

私は"All the Kremlin's Men: Inside the Court of Vladimir Putin "の中で、「プーチンの集合体」現象、つまり大統領が何を望んでいるかを常に熱心に先取りしようとする側近の姿を紹介した。プーチンの取り巻きは、プーチンが聞きたいことを的確に伝える。この「プーチンの集合体」は、いまでも存在する。世界中は侵攻の前夜、プーチンが高官を一人ずつ呼び出して、来る戦争について意見を求めたとき、それを目の当たりにした。彼らは皆、自分の任務を理解し、従順に大統領の考えを自分たちの言葉で表現しようとした。

 

この儀式は、ロシアの全テレビ局で放送され、国のトップ全員を血で塗りかためるはずだった。しかし、プーチン氏が自分の古参の部下に完全にこりごりしていることも見て取れた。彼らに対する軽蔑はあきらかだった。例えば、対外情報庁の長官であるセルゲイ・ナリシキンに公然と恥をかかせ、ナリシキンが吃りながらすぐに発言を訂正し、プーチン氏の言うことに何でも同意したとき、プーチンは彼が怯えていたのを楽しんでいたようだった。こいつらはイエスマン以外の何者でもない、と大統領は言っているようだった。

 

何年も前から報じているように、プーチン氏の側近の中には、ロシアを救えるのは自分だけだ、他の指導者候補は国を滅ぼすだけだと説得してきた人がいる。このメッセージは、2003年に大統領が退陣を考えたとき、KGB出身のアドバイザーたちから「留任したほうがいい」と言われたときまで遡ることができる。数年後、プーチン氏とその側近は「後継者作戦」を議論し、ドミトリー・メドベージェフが大統領になった。しかし、4年後、プーチン氏は後任として戻ってきた。今、彼は本当に、自分だけがロシアを救うことができると信じるようになった。それどころか、周りの人間はむしろ自分の計画を頓挫させかねないと思うほど、自分自身のみを信じている。したがって周囲の人間も信用していない。

 

これが、我々が直面している世界だ。孤立し、制裁を受け、世界に対して孤独なロシアは、まるで大統領のイメージ通りに作り変えられようとしているように見える。プーチン氏のすでに非常に緊密な内部サークルは、さらに緊密になるだろう。ウクライナで犠牲者が増える中、大統領は足元を深く掘っているように見える。彼は自国への制裁は「宣戦布告」だと言っているのだ。

 

しかし、同時に彼は、完全な孤立は、最も信頼できない要素の大部分がロシアから離れると信じているようだ。この2週間、経営者、俳優、芸術家、ジャーナリストなど、抗議する知識人たちは急いで国外へ脱出した。私は、プーチンやコヴァルチュクの観点からすれば、このことがロシアをより強くすることになると信じているのではと危惧している。

 

Mikhail Zygar (@zygaro) は独立系TVニュースチャンネルDozhdの元編集長で、"All the Kremlin's Men: Inside the Court of Vladimir Putin" の著者である。