クリミア合併、ドンバス戦争で名を挙げた(悪名?)元ロシア軍人、FSB職員Igor Girkinの今後のウクライナ侵攻の予想


Igor Girkinに関しては、「ストレルコフ」という別名で2014年のクリミア合併の時に関わった人物としてその当時読んだ記憶がある程度だった。今回、いろいろな記事を見ると全文本当かどうかわからないが、相当一癖二癖ある人物のようだ。ロシア軍の諜報部出身で後にFSB職員として活動し、クリミア合併で「リトル・グリーン・メン」と呼ばれる、匿名の特殊部隊を率いて暗躍した後、ドンバスの親露派武力精力の総指揮官にいつの間にか、成り上がった人物の様だ。

jp.reuters.com

一部の国家の司法からは、戦犯として指名手配され、ドンバス地方における地元市長の誘拐と殺害に関わったとして告発されていたり、住民虐殺の疑いもかけられている。オランダ当局は、彼の率いた部隊がマレーシア航空17便撃墜事件に関わっていると見て、国際手配をしている。

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一方で、ドンバス戦争でウクライナ軍に手痛い敗北を喫して、重傷を負った経験からウクライナ軍を評価していて、特にこの8年間での成長を高く評価している。

4月20日に彼はTelegramというロシアのソーシアルメディアに、始まったばかりのウクライナ侵攻の第2段階に対するロシア軍の評価と予想を述べたが、それが極めてロシア軍に対して悲観的だったのでイギリスのThe Timesをはじめとしてドイツのメディアなどでいろいろと取り上げられた。

www.thetimes.co.uk

このTeregramの投稿をイギリスに住んでいるエストニア人が英訳したのでそれをもとに日本語訳を行なった。

以下がその和訳。強調はオリジナルにしたがった。小見出しは、読みやすさのため自分がつけた。

 

 

Telegramに発表されたIgor Girkinのウクライナ侵攻(第2段階)の今後の予想

再編成のために前線から戻ってきた同志の1人がいた。彼は、このSMO(Special Military Operation:特別軍事作戦)の「第2ステージ」の成功に対する私の「悲観論」を中心に、彼との議論の中で挙げた私の考えを、(軍事科学の深みにはまることなく)簡潔かつ明確にまとめて表現してほしいと、頼んできたのだ。- 彼は、これが誰かの役に立つかもしれないと考えている。意思決定に関わっているような人物が注意を払うとも思えないが、しかし、私は約束したのだから、ここに書いておく。要するに、現在の作戦状況を評価しようということだ。

作戦評価のための前提条件

1. 我々の側から見ると、「作戦の第1段階の成功」(キエフ、チェルニヒフ、スミ州からの大規模な撤退で終了)の後、前線のドネツク地域に部隊の移転と集中が起こった。おそらく(そして、ロシア連邦政府の政治指導部の公式声明によれば)、ここがまさに「第2段階」を実施し、ルハンスク・ドネツク共和国の領土から敵の陣形を完全に排除するという目標を達成する計画なのだろう。明らかに、彼らは十分な兵力を持つ2、3の攻撃的集団を作り、利用可能なすべての航空部隊と大部分の砲兵部隊の集中的な支援を受けて、ウクライナ軍を「突破」し(なぜかウクライナ軍はまだ十分に評価されていない)、1回の大規模な戦闘で破壊するつもりだ。

2. ウクライナ軍側から見る:ロシア連邦軍の計画は敵にとって非常に明確であり、彼らは自分たちの敗北が不可避であるとは全く考えていない。実際、その逆で、ウクライナ軍は高度に要塞化された陣地での防衛を計画しており、ロシア連邦軍の攻撃想定方向(これは明白で、地図を見ればわかる)の旧陣地と新しく作った陣地(ロシア連邦軍はそのために多くの時間を与えた)を頼りにしている。

さて、次のような問いを立ててみよう。航空機と重火器におけるロシア連邦軍の優位は、防衛の準備を行い、高い戦意を持つ敵(しかも、相手の攻撃計画が明白)に対する勝利を保証できるだろうか?私の答えは、「いいえ、保証できない」である。

なぜか、私の答えはこうだ:

相対的でしかないロシア軍の優位性

ロシア連邦軍の航空・砲兵における「優位性」は、極めて相対的なものである。敵はよく装備され、多数の軍事的対空能力を持っているので、これは深刻に戦場で自軍をサポートすることができる戦術的な航空作戦の行動範囲を制限する。敵は野戦と砲兵偵察の面で優位に立っている(ほぼ分隊単位の編成が可能な様々なクラスのドローンがある)。彼らの砲兵隊は素晴らしい武器と優れた訓練を受けた人材を持っている。そして、ロシアの多数の装甲車と戦うことに関してだが、ウクライナ軍(防衛に関しては)は、歩兵の中に大量の対戦車兵器(ATGM)があるため、かなりの能力がある。ロシア軍が複数の都市を次々と襲撃しなければならない状況では、兵力の数が前面に出てくる。この点では、残念ながらロシア連邦軍もルハンスク・ドネツク民主共和国軍も大きな優位性を持っていない。

イジウム南方とフリアイポール付近のウクライナ軍の第一防衛線を突破することができ、我が軍が勢力を集中して攻勢を開始したと仮定しよう。ウクライナ軍の深い背後で素早く連携し、2つの包囲網(内側と外側)を作ることができるのか?敵がそれをすぐに攻撃せず、前進する部隊が逆に我々の「突起部」を作らないという保証があるのか?(ドイツ軍は1942年、我が軍相手に何度もこれを行った)。

それは出来ないだろう。なぜならそのためには、突破するだけでなく、陣地を確保することを目的とした多くの分遣隊が必要だからだ。また、大量の補給分遣隊も必要だ。ウクライナ軍は(総動員のおかげで)我が国と同程度の数的戦力を保っている。さらに、敵は戦線を縮小し、解放された戦力を危険な方向へ移動させる能力を持っている。ロシア連邦軍が、制空権を持っていないのは、たとえば攻撃用ドローンの数が少ないなど、単純に攻撃的航空手段の数が不足しているためである。同時に、ドネツク近郊の前線は、我が方の天才政治家が「ミンスク合意の鼻水」を噛んで味わっている間に長年かけて開発した優れた工学的装備のおかげで、比較的少数の敵でも保持することができている。

このことを考えると、全般的な戦力不足から、ロシア連邦軍司令部が「ドニエプル地方での広範な包囲作戦」を行うことはできないと推測される。ロシア連邦軍は、単純に人員が足りないのだ。そこで、攻勢は、北はスロビャンスク-クラマトルスク方面(せいぜいバルベンコボ方面)、南はウレダー-クラホボ線で、最短距離で行われることになる。この2つの作戦ラインでは、我々は必然的に多くの町々にある大規模で高度に要塞化された、十分に準備された防衛軍に直面することになる。実際は、この間の道路は敵がまだ支配しており、それを使って部隊の補給を続けることができるのだ。つまり、この地域では、ある時期以降、ルベジノエ・セベロドネツク、ポパスナヤ、アヴデフカ、マリインカで以前見たのと同じような状況が繰り返され、統一軍の前進は極めて遅く、大きな損失(特に歩兵において)を伴うか、全く動かない(アヴデフカ)ことになるのだ。

最悪の場合、独ソ戦ドイツ国防軍と同じ苦汁を飲まされる

敵は、このような戦闘行為のやり方をむしろ喜んでいる。なぜか?なぜなら、ウクライナ軍は相当数の予備兵力を整備するために、せいぜい 1ヶ月半から2ヶ月(長くてもせいぜい 3カ月)しか要さないからだ。既存部隊への恒常的な増援という形ではなく(すでに増援は行われており、 直接戦闘に従事している部隊の数を非常に適切なレベルで支えている)、ロシア軍がドンバスの要塞化された町々を襲撃して「出血」する間に他の戦略方面に使用できる分遣隊の形でなければならないのだ。

最悪の場合、我々の方がドイツ国防軍の「シタデル」作戦のような事態を繰り返し経験する可能性がある。ドイツ国防軍が深く強化されたソ連軍の防御をゆっくりとこじ開けながら進まざるを得ず、時間と大切に保全していた予備兵力を浪費している間、ソ連軍司令部は戦闘に参加していない大量の自軍を北(ベルゴロド、オリョール周辺)に集中させた。ソ連軍が反攻を開始したとき、ドイツ国防軍は「シタデル」作戦の継続とソ連軍の反攻を同時に防ぐだけの戦力がないことに「突然」気が付いたのである。ドイツ国防軍は、作戦を終了せざるをえず、ボロボロになった部隊を元の位置に戻さなければならなかった。そして、ドニエプル地方の背後で多かれ少なかれ秩序ある撤退(ドイツ国防軍にとってはそうそうある事態ではない)をせざるを得なかった。

圧倒的に足らない、ロシア軍の兵員動員力

以上を頭に入れた上で、いわゆる「ウクライナ軍」がすでに第3段階目の総動員を終えるころだということも考慮してほしい。彼らには、人的資源(新たに20万人から30万人)と装備(欧州と米国から流れ込む、巨大な量のあらゆる兵器)がある。そして、これらはすでに前線に相当数ある彼らの部隊を補強するためだけではなく、あらたな予備兵力を築くためだ。それも「単位数」で築くのだ(10万人でも50 BTG [注:大隊戦術群、ロシア軍独自の軍隊単位] 、これには増援兵力と後方支援を含む、つまり完全整備された10個師団にあたる)。

それに対して我々はどうだ?我々は、様々な民間軍事会社に募集を呼びかけており、さらに徴兵局から契約軍人の募集を呼びかけていて、そして…そして、それが全てだ。ルハンスク・ドンバス共和国は(動員に関しては)もうすっからかんで、これから「未捕捉」の人員を加えても既存のあるいは未来の損失を補うだけだ。それでも民間軍事会社のおかげで10個(いっそう20個までと仮定)のさまざまな部隊とBTG(大体戦術群)を築けたとしよう。そのあとは?ドンバス攻勢での損失(要塞化された町々を攻撃することでこれはとてつもなく高くなる)は一体どう補うというのだ。

一般に、ロシア連邦軍司令部は、たとえばクルスク州とベルゴロド州の境界に新鮮なウクライナ軍部隊が集中した場合、2、3ヶ月でどのように「対抗」できるというのか。そして、もし彼らが攻勢を始めたら、私たちは防衛の手段を持っているのだろうか?警察、見せかけのコサック兵(本物のコサック兵はすでに前線にいる)、それとも地域民兵?それに地域民兵はまだ創設されてもいない。話すら誰の口からされていない...。

それとも我が方の軍事指導部は敵と「事前に交渉」を行って、彼らが(つまり敵が)、わが参謀本部の建てた正統的計画の範囲内で厳格に行動するよう取り決めをしたとでもいうのか。「特別軍事作戦」の第1段階ではそれは、起こらなかったようだ。第2段階も大して違いがあるとも思えない、ウクライナ人は「一方的に殴られる男の子」の役を演じるつもりはさらさらないようだ。

今後の作戦に対する評価

さて、結論を出そう。私はこう思う。すくなくとも部分的動員をかけない限り、ロシア連邦軍が、いわゆる「ウクライナ」で縦深攻撃による戦略的な前進作戦を遂行することは不可能だ、不可能な上に極めて危険だ。我々は、長く困難な戦争に備える必要がある。それは、「新しい市議会の上に別の旗を立てるため」に、今無駄に浪費されているすべての人的資源を必要とする(ホストメルとブチャは、国旗がいかに早く変わるかを如実に示した)。

そして、そう、始まってしまった作戦(「第2段階」)に対する私の予測は、ぜひとも間違っていてほしいのだ。しかし、機会があるごとに糞を漏らすことしかできない快楽主義者、嘘つきのお喋り、凡庸な人々が提示する偉大な勝利は、とてもじゃないが楽観を与えてはくれない。最初の2ヶ月間の失敗から、彼らは意味のある戦略的な結論は何も得られていないのである。

 

気をつけなければならないのは、このIgor Girkinは確かに軍事の専門家として、まずは冷静に事実から見ているため、ウクライナ軍を過小評価していないし、イデオロギーに目を曇らされていもいない。だからと言って、ウクライナに対する戦争に関して公平で理性的に見ていると考えてはいけない。彼は従来、ウクライナベラルーシ、バルト3国等は本来ロシアと一体不可分であり、それを武力によってでも成し遂げなければならないとの主張に立つ人物で、その意味ではプーチンと全く変わらないようなのである。

もう一つは、彼はこの投稿で明確に今の特別軍事作戦のままでは勝てないのであって、総動員令(この投稿では部分的としている)をかけてウクライナに対して全面戦争を行なって目的を達成するべきとの立場だからである(他の投稿で明確にそう述べている)。またこの投稿は文面の端々から分かる様に一種の猟官活動の一部と思われる。

従って、彼のロシア軍の今後に関する悲観的な予言があたっても、その後ウクライナと世界はもっと酷い地獄をみるだけなのかもしれない。